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2018年4月24日 (火)

宇高連絡船廃止から30年

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瀬戸大橋が開通し、最後の鉄道連絡船「宇高連絡船」が廃止されて30年が経った。

鉄道連絡船は、ほかにも有名な青函連絡船があるが、さすがに遠くて乗らないまま廃止を迎えてしまった。
宇高連絡船に乗ったのは86年のこと。当時中学2年生。その1回きりだった。
いまなら、もう少し気の利いた写真を撮るだろうと思うけれど、それでも撮っていたのは偉かった。当時の自分をほめてやりたい。
鉄道車両がフェリーの船内にそのまま積み込まれていくのは独特の風景で、もの珍しくて4枚も写真を撮っていた。
建設中の瀬戸大橋は、下津井電鉄の電車で間近に見ることができた。確か、初めて青春18きっぷを使ったのがこの時の旅だった。
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コメント

 「貨車積み終了致しました!」(高橋英樹「船長シリーズ」より)
かつては鉄道貨物がそのまま船に積込まれ、海を渡っていたのですよね。
世界的に見ても珍しい光景だったことでしょう。
3枚目のアングルは、中々貴重だと思います。

 私は、メモリアルシップになってから、函館の「摩周丸」と、東京・船の科学館にあった「羊蹄丸」が直接接した鉄道連絡船です。

 鉄道連絡ではないですが、木更津-川崎航路の再末期、デッキから建設中の東京湾アクアラインと、東京国際空港に向かう飛行機を眺めていたことを思い出します。

コメントありがとうございます。
自分ではあまり意識していないのですが、ローカル航路にはバス趣味に通じる魅力を感じます。
宇高連絡船は決してローカルではないですが、不思議に魅力のある行路でした。

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