鹿児島における国鉄バスのはじまり
昔、読んだ記憶のある枕崎市民による国鉄バス誘致の記録はまだ見つからない。
図書館で読んだ記憶があるので、あの本棚のどこかに今もきっと残っていると思うが、時間がかかりそうだ。
その内容は、昭和2年に坊津~枕崎~鹿児島などで運行開始した南鉄バス(南薩鉄道が枕崎に到達したのは昭和6年)の接客が悪く、人々は、指宿方面のバスの運行に際しては、当然進出が予想された南鉄バスを阻止するべく、国鉄バス(当時は省営バス)誘致を組織的に運動し、結果、それに成功したというもの。
昭和44(1969)年発行の枕崎市誌から引用
「昭和九年十二月、国有鉄道が指宿まで開通したとき、指宿・枕崎間に省営のバスを運行させることになり、昭和十年から営業を開始した。十一年三月鉄道が山川まで延長されたため、以後山川港・枕崎間の連絡に当たるようになったものである。」
国分線、加治木線の運行開始も昭和十年であるらしいので、県内における国鉄バスの始まりは、これら山川線、国分線と加治木線ということで間違いなさそうだ。
引き続き資料を調べる努力は続けていきたいと思う。
« 明治期の乗合自動車はやはり乗合タクシー | トップページ | 蒲生町 »
コメント