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令和2年の水害で球磨川に架かっていた鉄橋が流され、不通が続いていたくま川鉄道湯前線。
鉄橋が架け替えられ、いよいよ9月20日からの運行再開が発表された。
現在、鉄道は部分開通していて、人吉温泉駅~肥後西村駅間の代行バスと、肥後西村駅~湯前間の列車が肥後西村駅で接続している。
駅前広場には、大型バスとマイクロバスが合わせて3台。そして、プラットホームには2両編成のディーゼルカーが停車。
ひとときのにぎわいを感じる。
鉄道代行バスのおかげで、沿線のバス事業者には恩恵があったとはいえ、毎日の運行には苦労もあっただろう。
不通の期間が長く、高校の在学期間中、列車に乗れないままで卒業を迎えた高校生も多くいただろう。
この景色が見られるのは残り2か月弱。
夏休み期間中は、ほぼ毎日土曜ダイヤで、昼便の運行もあるようだ。
開通後の乗車はもちろんだが、代行バスが活躍している今しかできない「バス旅」も、ぜひ味わっておきたい。
屋久島交通のバス路線の中で、本線から少し外れた場所にあるのがシーサイドホテル前。
通常はこのバス停にバスが乗り入れることはなく、ここに乗り入れるのは早朝の2便のみ。
夕方の到着便もあるが、始発停留所発車後は、降車専用となるため、終点まで走るわけではなさそう。
そういうわけで、乗車するにも難易度が高く、紀元杉や白谷雲水峡などの山岳路線を乗り終わってからも、ここだけが未乗車のままで残っていた。
バスは、ホテルの敷地に入る坂道を上り、玄関前でドアを開けた。
私がひとり下車すると、バックで駐車場に車体後部を入れて、来た道を戻って行った。
ただそれだけではあるが、ここで降りた瞬間が、屋久島交通全線乗車完了の時であった。
冷水町から長田町へ出てきた市営バス。
伊敷方面から上町方面への短絡路にあたる冷水越えの道は、狭いのに昔から通行量が多かった。
そこへ大型バスが走ることになって、狭い道に誘導員が立つようになった。
自動車社会になって、国道の渋滞がひどくなると、ここを抜け道として走る車が増えて混雑が激しくなり、昭和50年代には朝夕の時間帯で指定許可車以外通行禁止の規制が敷かれた。
大型車は終日通行止め。路線バスのみが走ることを許された。
17時に通行規制が始まると、帰宅ラッシュを避けた車は西坂元町から玉里団地へ抜けるようになり、そちらは住宅地の中に一方通行の規制をして、集中する車をさばいた。
城山トンネルが開通して、交通が分散されたことで、そうした交通規制は解除された。誘導員も、いつの間にかいなくなった。
ただ、大型車の通行規制だけは、今も続いている。沿線は住宅地である。
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