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02バスのある風景(鹿児島)

2017年12月15日 (金)

帖佐十文字

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かつてのJR九州バス加治木線。
加治木駅~帖佐駅~蒲生町~藺牟田~入来駅間を結んだ。
最末期は、全国でも珍しいフロントエンジンのマイクロバスが投入された。
当時は国道のバイパスが未開通で、このあたりの交通量は格段に多かった。
帖佐駅~蒲生町間の乗客は、今でもそんなに少ないというわけではないと思うが、やはり、沿線人口の減とマイカーの普及による利用者の減には勝てなかったようだ。

1993年12月撮影 姶良町宮島町

2017年12月14日 (木)

鹿児島駅

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鹿児島駅前は、現駅舎の建て替えと共に、広場の再整備が決まっていて、これから先、革命的に風景が動いていくと考えられる。
JRバスだけが駅正面に横付けという、独特のバス停配置が無くなってしまうのも時間の問題だろう。

2013年12月撮影 鹿児島駅前

2017年12月13日 (水)

河頭中前

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鹿児島~川内間を国道3号経由で結ぶ伝統の特急バス。
高速道が開通して、てっきりそちらに載せ替えになると思っていたけど、今でも朝夕に運行中。
その昔は、続行便が出たり、写真のバスのようなハイデッカーが走ったりもしたけれど、現在は、普通の路線バスが、それでも[特急]の表示を誇らしげに走り続けている。

2002年6月撮影 鹿児島市伊敷町

2017年12月11日 (月)

霧島西口駅

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かつて、霧島から宮之城まで、直通のバスが運行されていた。
長いこと1日1往復のみの運行だったが、歴史をさかのぼれば、川内や串木野からも霧島行きの直通バスが運行されていたらしい。
林田産業交通が開発した霧島林田温泉は、そうやって、県内各地から宿泊客を集めていたわけだ。
同社の創業者、林田熊一氏の伝記を読めば、宮之城から横川に至る道路は、林田氏によって整備されたものだという。これにより、県の北部を循環するルートが出来上がり、バスでホテルに人を運ぶビジネスの形が完成したのだろう。

1995年3月撮影 霧島西口駅前

2017年12月 8日 (金)

日当山ターミナル

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停留所名に残る「ターミナル」
かつては、日当山温泉の玄関口として、営業所や車庫が置かれ、鹿児島と霧島(牧園)方面を結ぶバスの途中休憩地としても機能した。
現在は、車庫が廃止され、バス停が残るばかり。鹿児島と牧園方面を直通で結ぶバスも無くなった。

隼人町内 1995年8月撮影

2017年12月 7日 (木)

平尾

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長島の最奥部。東回りと西回りのバスが、いずれもここで終点になる。
写真は、道路がまだ狭かった頃。車庫を出て、始発の平尾バス停にやってくるところを撮ったもの。
今では、バスも、道路も、周りの建物も、すっかり変わってしまった。

2004年11月撮影 長島町平尾

2017年12月 5日 (火)

福山総合支所

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国道10号から、旧道を牧之原の中心街に入って行くふれあいバス。
もはや、どこにでもありそうな郊外の国道の風景だが、10年後にこの写真を見た時に、果たしてどのような感想を持つだろうか。
2016年12月撮影 霧島市福山町福山

2017年12月 1日 (金)

市役所西口

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鶴丸城跡の石垣の上に大きなイチョウの木が2本。
道行く人々が、足を止めて見上げるほどのあざやかな黄色。
そういえば、今だけ黄色いバスが定期的に走っていることを思い出した。
カゴシマシティビュー城山・磯コース。
2017年11月撮影 鹿児島市山下町

2017年11月30日 (木)

上之原

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早いもので、今年も残り1月。
12月になると、南国鹿児島と言えども、冷え込む日が多くなる。
今年の冬は、雪が降るだろうか。
2017年2月撮影 鹿児島市吉野町

2017年11月27日 (月)

西浦学校前

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ようやく、鹿児島のイチョウも黄色く色づいてきた。
身の回りの風景の色が変わるのは、四季の移ろいが感じられていい。
天気が良かったら、外を歩いて、カメラを向けてみるのも悪くない。
2009年11月撮影 姶良市蒲生町西浦

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