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03バスのある風景(離島)

2018年1月17日 (水)

崎原

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奄美大島は、高い山が特徴。
名瀬市街地から山を越えて、向こう側の南側の海を望む。
2015年12月撮影 奄美市名瀬崎原

2017年12月29日 (金)

新村(住用)

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山深い峠越えの合間にある新村停留所。
古仁屋と奄美市名瀬を結ぶ幹線系統と、宇検村方面を結ぶ枝線とがここで接続する。
2017年3月撮影 奄美市住用町大字役勝

2017年12月28日 (木)

宇検

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バスは、集落へ入る狭い道を最徐行で分け入って行き、集会所と相撲場のある広場で一旦停車して、バックした。
はい、終点です。
そういって、ドアが開く。
波の音が心地よい、南の島の終点。

2017年3月撮影 宇検村宇検

2017年12月27日 (水)

古仁屋待合所

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バスが待合所に横付けになると、バスの行先を口頭で案内しながら、窓口から担当が出てきて補助ステップをドアの前に置く。
買い物帰りのお年寄りは、杖をつきながら、ゆっくりバスに乗って行く。
荷物が多い時には、運転手も、荷物を運ぶ手伝いをする。
バリアフリーって、つまりこういうことなんだろうと思う。

2015年12月撮影 瀬戸内町古仁屋

2017年12月26日 (火)

瀬相港

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加計呂麻島のバスはフェリーに完全接続。
フェリーが港に着くと、一斉に島内各地に向け、発車していく。
2005年1月撮影 瀬戸内町瀬相

2017年12月25日 (月)

亀津

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徳之島、亀津の市街地。バスは一方通行で中心部をぐるりと一周する。
このあたりには、ホテルや店舗が立ち並び、中高層の建物も見かける。
かつては大型や中型ばかりだったバスは、現在はほとんどマイクロバス化され、このような風景も思い出になってしまった。
2002年3月撮影 徳之島町亀津

2017年12月22日 (金)

小米(知名)

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沖永良部島の南部の町、知名の中心部を行く路線バス。
当時は、中型の路線バスが堂々と街の中を走っていたが、その後どんどんバスが小さくなっていき、ついには、ハイエースの路線バスが走るようになった。
そんな沖永良部に、中型ノンステップバスが入ったという。ぜひ乗りに行きたいけれど、なかなかそう簡単には島に渡れない。

2002年8月撮影 知名町知名

2017年12月20日 (水)

南バス前

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今日はいつもの車が修理に入ってるからね。
そう言って車庫の奥の方から出てきたのは87年式のレインボー。
滅多に動かない貸切兼用車で、行先表記は紙に「乗合」
バス路線は、島を一周するルートだけだから、迷うことはない。
真夏の島はじっとしていても汗が噴き出すほどの暑さだったが、バスは、窓を全開にして、ドアまで開け放って走り出した。お客さんがいないのに、クーラーなんてもったいない。
島を一周して、さらにもう一周乗ろうとしたら、乗務員に制止された。もったいないから、逆回りに歩いておいで。どこでも途中で拾ってあげるから。
南の島の、夢のような路線バス。

2002年8月撮影 与論町茶花

2017年12月 4日 (月)

荒川三差路(3)

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これまで、屋久島シリーズが続いたが、登山するのは貸切バスばかりではない。

安房から、紀元杉を結ぶバスは、中型が満席になるほどの需要がある。
険しい山道を最奥部の紀元杉まで、1時間かけて走る。

2017年11月撮影 屋久島町安房

2017年11月29日 (水)

荒川三差路(2)

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山を登る貸し切りバス。
屋久島では、山を登るために、長尺やハイデッカーのバスは通常選択されない。
カーブはきついし、垂れ下がる木の枝をくぐり抜けなければならない。
それでも、バスは次々やってくる。
2017年11月撮影 屋久島町安房

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