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04バスのある風景(九州)

2017年12月12日 (火)

水俣車庫

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阿久根、出水からの水俣行き南国交通の終点。
市街地を走り抜けたところにある折り返し場兼車庫。
待合所やトイレを備えているところを見ると、もとは乗車券発売窓口くらいあったのかもしれない。
構内は、狭いながらも、バスが数台停められるだけの広さがあり、かつての栄華か感じられるが、今や、ここにバスが複数台停まる姿は滅多に見られない。

2004年12月撮影 熊本県水俣市幸町

2017年8月23日 (水)

京町

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新幹線が鹿児島まで延び、肥薩線に観光列車が走るようになると、吉松までのバスが復活した。それも、ハイデッカーでの運行。
サービスレベルの高さにただ驚くばかりで、ぜいたくな路線バスに乗りに行った。
2006年11月撮影 宮崎県えびの市向江

2017年7月25日 (火)

梅ヶ浜

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油津港に大型客船が入ると、貸切バスが各地に次々出発していく。
午後になると、少しずつ帰ってくるバスがあらわれて、やがて、ひっきりなしにバスが通過していく。海沿いの快適なドライブルートは、宮崎ならではの明るい景色だ。
2017年7月撮影 日南市梅ヶ浜

2017年7月24日 (月)

西町(油津)

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油津港は、東九州では唯一の16万トン超えの船が発着できる港。
さらに、22万トンが接岸できるように、港を整備する予定というからすごい。
大きな客船を背に、走る路線バスは本当に小さい。地域を結ぶローカルバスは、数を減らし続けて、サイズも最小限。
ただ、大きな船で観光客がやってきて、貸切バスが活躍することで、こうした路線バスを維持するための手助けに、つながっているのかもしれない。
2017年7月撮影 宮崎県日南市西町

2017年6月28日 (水)

山川桟橋

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フェリー連絡の路線バス。山川の湾は、切り立った崖に囲まれていて、集落は、港の周りに集中しているから、崖下の山川駅と、少し距離がある。
バスは、昔から、港や集落と駅とを結んできた。
2009年8月撮影 指宿市山川港

2017年5月30日 (火)

博多駅交通センタ-

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全国でも屈指の規模のバスターミナル。
設計が古いためか、フルサイズのバスが走るには、どう見ても狭い。
しかし、プロドライバーの中でも選ばれた「都市間高速バス」のドライバー氏は、慎重かつ大胆に、少しの不安も感じさせずにバスを操る。
2011年9月撮影 博多駅前

2017年4月11日 (火)

えびの高原

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かつて、鹿児島市内から高速道経由で霧島、えびの高原まで直通のバスが運行されていた。シーズンともなると、登山客で満員になることもあった幹線だが、今、バスが走るのは、霧島いわさきホテルまで。それから先は、周遊バスに乗り換えなければならない。

さらに、えびの高原からは、宮崎交通が接続していて、小林経由で宮崎市街地、宮崎空港まで、路線バスだけで行くことができた。

県境を越えるバスが次々に廃止されていき、ここでの乗継も簡単にはいかなくなった。
全国的に、乗継のバス旅は、そろそろ最後のチャンスなのかもしれない。

1996年2月撮影 えびの市えびの高原

2017年2月 3日 (金)

黒白

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熊本のバスは、書店で時刻表を入手できたので、道路地図を片手に、なるべく「奥地」まで分け入っていく路線を探して、乗って回った。
人吉駅から球磨川沿いを走り、それだけでも魅力的なのに、このバスは、一勝地から山の中の集落へぐんぐん山を登って行く。
そして着いた終点「黒白」。転回所らしい空地は無く、どうやってバスは向きを変えるのだろうと思ったら、狭いところで何度も何度も切り替えして、後ろのドアが空中におどり出た。
バスを少し前に出して、この位置でドアが開く。そんなバス路線が各地にあって、乗りバスに益々はまってしまうのだった。

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1994年12月撮影 熊本県球磨郡球磨村一勝地

2016年12月15日 (木)

葛俣

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芦北の山は、峠を越える前に終点になる道路があちこちにあり、その直前までバス路線があった。
鉄道のある佐敷の町から、佐敷川沿いに集落を結んで山の上にある終点「葛俣」もそのひとつだった。


2004年5月撮影 熊本県芦北町大字国見

2016年11月29日 (火)

都城

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鹿児島を拠点とするバス会社が、県境をまたいで路線を持つことは、そう珍しいとは思わないが、営業所が県外にもあるというのは、珍しいことかもしれない。

かつて、県内各地に点在していた営業拠点を整理するにあたって、鹿児島県外にも、1か所ぐらいあったほうがいいと社長が発言したのを印象深く覚えているが、ただ残すばかりでなく、建物をピンク色にリニューアルしたのには正直驚いた。

宮崎ナンバーの鹿児島交通が在籍し、都城地域の貸切バスも受注する、事業展開上も重要な拠点なのだろうと思う。

ただ、現在はここも無人になってしまい、かろうじてバスが発着する「都城」バス停として生き残っているのがせめてもの救いだろうか。

2000年5月撮影 宮崎県都城市北原町

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