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日記・コラム・つぶやき

2026年7月15日 (水)

夜行バスが帰ってくる

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夜行バスがいくつも発着していた頃、仕事終わりに天文館で楽しんで、そのままバスに乗って遠くまで出かけたものだった。
早朝の博多に到着できれば、その先の選択肢は格段に広がるので、青春18きっぷで本州方面へ遠征なんてことも何度かあった。

博多のホテルが高騰し、予約も取りづらくなっている状況を聞くと、夜行バスの需要はきっと少なくないだろうと思う。

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鹿児島にかつて新車で配置された夜行用の車両。
今回は、こうしたハイレベルのバスではないようだが、夜行バス皆無という状況から抜け出せるのは素直にうれしい。
また、乗れる日を楽しみにしている。

2026年7月 9日 (木)

サンライフプール臨時バス

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鹿児島市七ツ島に昭和57年にオープンしたサンライフプール。
市営バスが谷山電停から、鹿児島交通が西鹿児島駅前経由で鹿児島駅前から、夏休み期間に臨時バスを走らせていた。

コロナ禍で休止され、その後も復活しないまま現在に至るが、臨時バスはもっと前の平成24年頃を最後に運行されなくなっていた。

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臨時バスではあるものの、毎年必ず走っていた為か行先表示もしっかり準備されていて、この行先を見ると「夏が来た」と思うものだった。

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ただ、それも平成20年頃には幕に入らなくなったようで、最終的には「紙対応」に。
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プールも復活しそうにないし、バスも走ることはなさそうだ。

2026年6月19日 (金)

いつの間にか本物のレトロバス

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1994年のカゴシマシティビュー路線開業時にデビューした2台のうちの1台。
初代シティビューが現在も活躍中。
気付いたら、すでにデビューから32年。路面電車風のレトロ調バスとして導入されたはずが、今や本物のレトロバスになっている。
特殊な車両だけに、維持には相当な苦労がありそうだが、廃車の話は聞かない。
このままぜひ、リアルなレトロバスとして注目されるその日まで、頑張ってほしいものである。

2026年6月12日 (金)

開かずの扉

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高速道路に開けられた出入口。
関係者以外立ち入り禁止の看板がかかっていて、中は草むら。

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高速道路側からこの場所を見ると、「管理用施設」となっている。

実はこの場所、かつて「高速本城」というバス停だった。
南国交通の西鹿児島~姶良ニュータウン線が停車していて、私は1回だけ乗車したことがある。
平成初めごろまで路線があり、利用者もあったようだが、廃止後、私が知る限り、このバス停が使用されたことはない。

その時も、その後も、ここを通過するバスは無数にいる。
そのうちの1便でも停車すれば、バス停が復活するのに、その気配はない。

2026年6月 9日 (火)

ドラレコの画像を切り抜く

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ドラレコが普及して、値段もこなれてきた。
そう思って、ネット通販で仕入れた5,000円ほどのドラレコを車に取り付けた。
もちろん、事故やトラブルの際の助けになるかもという本来の用途も購入の理由だが、以前なら、「目に焼き付ける」しかなかったバスが、記録に残る。
光線や他車との重なりなど、必ずきれいに撮れるわけではないけれど、やはり未撮影のバスが手元に画像として残るのはありがたい。
ドラレコ様様である。

2026年6月 2日 (火)

2004年9月、台風の思い出

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20年以上経った今でも思い出す、台風で缶詰めになった奄美旅。
9月2日木曜日夕方、北ふ頭から船に乗り、3日金曜日は朝から喜界島。午後の飛行機で奄美大島へ移動し、名瀬泊。
4日土曜日は古仁屋へ足を延ばし、できたばかりの朝戸車庫にも訪問。目的はほぼ達成し、長浜の焼肉店で同行者と乾杯をした。
この時点で、台風が接近してきているのがわかっていたので、翌日は予定を早めて空港へ向かうことに。

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5日日曜日の空港行きの始発のバス。台風はまだ離れていたが、次第に近づいてくる予報だったので、リスク回避のために、便を繰り上げて帰ろうかと対策したつもりだった。
バスは出たし、始発の飛行機なら大丈夫と思ったのに、この日、飛行機は全便欠航。帰れなくなった。
台風の進路を見たら、奄美大島のずっと西側にいたはずだったのに、90度進路を変えて、こちらに近づいてきていた。

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同じバスで名瀬に戻り、仕方ないので、民宿に再びの宿泊を交渉。
同行者も行先がないので、2人で1室に泊まることに。
鹿児島に帰るはずだった5日は、そのままどこに行くこともできず、民宿で台風情報を確認するのみ。

翌6日月曜日。台風が動かない。出勤日だが、行けない。電話で休みを申し出たが、いつ鹿児島へ帰れるかわからない。
民宿の食事が貧相になっていく。台風だし、朝食を頼んだら、宿泊費が3,000円なのに、朝食代が1,500円だという。
それだけお金を出すのに、出てきたのはビーフカレー。ひょっとしたらレトルトカレーだったかもしれない。
台風が来ると、食材が入手困難になる事情は分かっていたつもりだったが、これは痛い出費だった。民宿に泊まっていたほかの人も、同じメニューで、文句を言っている人はなかった。

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翌7日火曜日。仕事を休んで3日目。なんとかして鹿児島に帰りたい。
やはり始発のバスに乗って、空港へ向かう。当時使っていた携帯電話予約で、一応予約は取れていたが、台風が北上して、今度は鹿児島側の天候不良で、いつ飛ぶかわからないという。

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奄美空港に着いたら、ビルの外まで長蛇の列。こんなの初めて。

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予約していた始発の便は欠航。ターミナルビルのベンチはすべて埋まり、階段の下のすき間に床に座って待った。
いつ、どうなるかわからないから、出かけるわけにはいかない。

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空席待ちは、いつ呼ばれるかわからないし、とにかく、ほかの人と同じようにターミナルで待った。
空席待ちしながらも、携帯電話予約サービスを見ると空席が出ていることがわかったので、それをおさえて、ようやく運行再開最初の14時20分の便に乗れることに。ただ、同行者はNGで、佐賀まで帰らなければならない彼は、なんと伊丹行きの臨時便を選択、ひと足早く去って行った。

なんとか鹿児島に帰った私は、台風養生を一切妻に任せ、台風の中3歳児と2人きりで怖い思いをさせたことを責められた。
今でも、ことあるごとに「あれはひどい判断ミスだった」と言われる。

奄美滞在中、台風が発生したら、とにかく一刻も早く情報を収集し、帰る手段を確保すること。
予定を1日早めてでも帰るのは、この経験から得た教訓。

2026年5月29日 (金)

寝台特急はやぶさの撮影場所

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東京~西鹿児島間を結んでいた寝台特急はやぶさ。
廃止される前に、どこか鹿児島らしい景色が見える場所で撮っておこうと、高校生だった私は、線路沿いに自転車を走らせ、この場所を見つけた。
桜島が見えるのがここを選んだ理由だったが、なかなかくっきり見える日とタイミングが合わず、数回通ってようやく撮れたのがこの写真。
三脚を使って、構図をしっかり吟味した覚えがある。

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先月、おれんじ食堂が似た時間に走ってくるとの情報があり、ほかの予定を調整して、どうにか時間を作った。
一発勝負で、撮影場所の下見にも行けなかったが、「はやぶさ」の時の記憶はあった。
かつて上った片廊下型のマンションは見つけられず、しかし、ビルは増えていた。
時間がないながら、それなりに写真は撮れたが、時間をかけてしっかり準備した写真のようにはうまくいかなかった。
撮り鉄はめったにしなくなったが、たまにはいいかな、と思えた。

2026年5月28日 (木)

記憶の中の鹿児島新港

今の鹿児島新港は、建物が新しくなり、駐車場や車寄せも機能的。
よく整備されたターミナルという印象。
一方で、以前の待合所は平屋で、出入り口も薄暗くてどこにあるかわかりにくかったのを思い出す。

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その独特の雰囲気は、混とんとしていて印象に残っている。
ここから、島に行ける。つながっている。そう思わせてくれた。

2026年5月27日 (水)

奄美に行きたい

今夏は奄美にぜひ行きたいと思っている。

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前回訪問してからもうすぐ2年。これまで、半年~1年程度で訪問してきたのを考えると、かなりブランクがあいてしまった。
新しいバスの活躍の話も聞くし、また、あの独特の島の空気を感じたい。
できれば、貸切バスが多く走る時期に、と思うが、夏は航空券の値引きも少なく、財布には優しくない。
それでも、なんとかしたい。魅力が奄美にはある。

2026年5月26日 (火)

献血バスに乗るチャンス

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路線バスや貸切バスのほかに、乗ろうと思えば乗れるバスがある。
献血バス。
それも、かなり凝った作りの特装車だったりするから、車内でついキョロキョロしてしまう。
そんな不審な私は、献血50回を超え、年に数回の献血は欠かさず「バスに乗って」きた。
しかし、バスシャーシは減り続け、改造できるベース車両が無くなった。
今後、どうするのだろうと思っていたら、ついに、トラックシャーシの献血バスにあたった。

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トラックだから、献血をやめるということもなく、いつも通り。
車内は、乗ってしまえばバスと変わらない。
違うのは運転席のレイアウトくらいか。
献血は今回も無事に終わったが、このバスのエンジンルームの点検はどうするのか、謎は解決できないでいる。

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