ルース台風被災の記録
(ずいぶん久しぶりだが、台風シーズンでもあるし、祖父の書き残した随想記から転載する。当時、住まいは完成したばかりの市営真砂住宅。)
26年10月、あの恐ろしいルース台風がやってきた。
外は暴風雨で、雨戸を締め切ったままである。午後になって、ふと庭をのぞいてみると、水溜りの表面に泡が浮いて、なんとなく水面が淀んでいる。洗剤でも流したのかな、と思っていた。
しばらくして、もう一度庭の様子をみると、これは大変、庭の土台石のところまで水かさが増して、しかも陸地部の方向に流れている。
見るみるうちに水かさはどんどん増して、下駄や台所用品までが押し流されてくる。
これは津波だ。はじめて気がついて、あわてて子供達を押入れの上段に乗せ、たたみを上げてテーブルの上に重ねることにした。6畳と4畳半の2室であるが、6畳の畳を上げている間にも、海水はぐんぐん増して、4畳半の畳はもうぶくぶくと浮き上がっている。そしてまたたくまに、床上膝までの浸水となった。
お隣はどうしているのかと、庭まで出てみたが、胸まで水に浸かり、壁や窓枠につかまっても、身体ごと押し流されそうで、お隣まで行くことはできない。
夜半になって、ようやく引き潮になり、見るみるうちに、あたり一面は泥の海と化した。
明けて、住宅前の通りに出てみたら、側溝にからみ合った木材や板片の間から、女の人の手が一本、突き上げたようにのぞいている。誰方か潮水の中をどこかへ避難しようとして、側溝の深みにはまり、足をさらわれてこの悲惨な結果になったものと、心から冥福を祈ったのである。
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